社会問題

「大学スポーツ=大学のブランド力」から考える

スポーツの道の人とそれ以外の間には「乖離」がある気が・・・。

5月18日放送のTBS番組ひるおびの中で、日大アメフト部の件を取り上げている中で、青山学院大学駅伝監督である原監督の考えに、「大学スポーツ=大学のブランド力」という見解がありました。

私は原監督の人間性が大好きですし、同じ教育に携わるものとしてとても尊敬していますが、この考えに関して少し思うところがありました。

大学を部活動で選択する人は多くないどころか入部率が低いのが現実

 

カレッジナビ(https://karenavi.com/club-wariaiが、「就職みらい研究所」が4000人の大学生たちを対象にして行った「部活動・サークルの活動実施率」をまとめたデータによると、約7割の大学生がサークルないしは部活動に参加しているそうです。

その一方で、サークルに参加しているという学生が約55%いるそうです。二つの質問が同じ4000人を対象にしたものかはわかりかねますが、部活動に参加している大学生は全体の15%ということが分かります。その中で、文科系の部活もあることを勘案すると運動部、いわゆる体育会系の部活に所属している大学生は1割強といったところでしょうか。

 

この数字が多いか少ないかは個々人の判断によるところが多いと思いますが、私は非常に少ないと感じています。ベネッセのアンケートによると、高校生の70%が部活動に入っており、その中の6割強が運動部に所属しているそうです。(部活動の時間:放課後の生活時間調査(速報版) – ベネッセ教育総合研究所

 

これらのデータから分かることは、大学選びに際して部活動ありきで選択している学生は決して多数派ではないということです。部活動を間近で応援したいという人や、退部した人など、直接的に部活動にかかわっていない人の中に、部活動を重視して大学選択を行った人はいるかもしれません。

大学のブランド力という言葉が何を指しているのかは明確には分かりませんが、もし、入学希望者の数(受験生)がそれを表すのであれば、部活動が大きなウエイトを占めているということは無いと考えられます。

私立大学は入学金、授業料が経営資金の少なくない割合を占めることは事実でしょう。(もちろん既に有名大学といわれる大学であれば、募金額なども桁外れの物があるかもしれません) ということは、大学の名前を維持し、経営していくには受験者の確保が重要になります。先ほどのデータと合わせると、部活動が直接的な受験者の確保に決定的な要素として繋がっていないことが考えられます。つまり。大学スポーツが大学のブランド力にイコールの関係性で結ばれるかは疑問符が付くのではないでしょうか

 

少数派が少数派を正当化している現状

とはいえ、部活動を行っている大学生たちは純粋にスポーツに打ち込んでいるわけで、彼らの努力は偉大なものがあります。一方で、学校種が変わると入部率が下がるという現状もあります。バイトの時間の確保や、学業への専念、留学など様々な要因が考えられますが、理由の一つには、部活動に対する負の感情があるのではないでしょうか。

私自身、中学生のころはサッカー部に所属し、大学ではサークルに所属していました。ちなみに大学の部活動に入ることは一切考えていませんでした。

運動部特有の上下関係休日も行われる練習連帯責任。このような点に対する不満というのは生徒と接しているうえで非常によく聞かれます。そして大人になるにつれて部活動からは距離を置くようになります。

しかし、それにもかかわらず、部活動が存続しているのはなぜでしょうか。生涯にわたる運動習慣の定着の一役を担うことは確かだと思いますし、運動することが健康に良いことは間違いないでしょう。継続的に、かつ真剣に競技に打ち込みたい人のためにも必要かと思います。ですが、それが全体で考えれば低い割合であるということは先に述べた通りです。

そして、部活動を指導し続ける指導者たちは当然、部活動にのめり込んだり、社会人としてもスポーツを競技として取り組んでいる人が多いと考えられます。そのような人の周りには同じように真剣にスポーツに取り組み、厳しい環境で努力している人が集まることでしょう。ここで言いたいことは、そのような考えでスポーツに取り組んでいる人にとっては、その考えが一般的だと思いこんでいるということです

繰り返しになりますが、部活動への入部率は学校種が上がるごとに下がっているのです。部活動よりも重要視していることが現れるということです。別の見方をすれば、部活動に対して負の感情を抱いている人が少なからずいるのです。

それでも部活に精を出している当事者は、同じような考えの人たちの中で過ごしていますから、自分たちがコモンセンスだと思うのです。ですので、年功序列、連帯責任、トップダウン方式に何の違和感も持たないのです。むしろそのような環境で過ごしてきているので、それを正当化したい人すらいます。誰しも自分の過ごしてきた時間を否定されたくないし、したくない気持ちは痛いほどわかりますが。当然自分たちが中心だと思っていれば、自分の力も過信しますし、過剰までのスポーツの力を誇示する行動につながることも考えられますし、考える必要があります。

 

誰しも自分か正しいと思いたい

ここまで部活動に精を出している人たちについて、批判的に思えるような内容で書いてきました。しかし、私は部活動に反対しているわけでもスポーツに価値が無いといっているわけでもありません。スポーツ放送がやっていれば競技に関わらず見入ってしまいます。ですが、体育会系独特の世界観があることも事実です。先に述べたように、連帯責任、過度な年功序列トップダウン方式などです。

部活動参加率が成長とともに下がるということは、部活動として運動をすることにマイナスの感情を持っている人がいるということです。しかし、指導者はそのような感情を持たない人がやることが常識的に考えて多いわけです。土日を含めて部活動を指導しているわけですから。つまり、少数派が少数派となっている大学における運動部所属者を指導し、そのような人が将来指導者となり、また少数派を指導するというわけです

もちろんこれは部活動でみた時であって、私自身別のカテゴリーで分けられれば、少数派になることもたくさんあるでしょう。誰しも自分の考えが一般的であると考えてしまいがちですが、時々冷静にデータや、自分と質の異なる人と接することで、考えをリフレッシュさせることが必要かもしれないと、日大アメフト部の件、そしてその件に対する原監督の考えを見て感じました。

 

 

 

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