教育関連

レビュー①:「アルジャーノンに花束を」【書評】

障害者とそうでない人たちが共に支え合おうという
共生社会」が重視されています。

それでもまだまだ障害者は、
「特別な存在」として捉えられている現状もあります。

そんな障害者にスポットを当てた書籍が、
ダニエル・キイスの書いた「アルジャーノンに花束を」です。

障害を抱えた男性を主人公とする異質の作品は、DVDにもなるなど社会に大きな影響を与えました。

この記事では「障害者の幸せ」に着目した一冊をご紹介します。

特別支援教育のバイブル「アルジャーノンに花束を」

今回、私が取り上げるのが、
ダニエル・キイス作の「アルジャーノンに花束を 」です。

日本でもユースケサンタマリアが主演でドラマ化されています。

ちなみに近年では山Pこと山下智久主演でドラマ化もされていますし、
DVDも発売されているので興味がある方はぜひご覧ください。

原作は、アメリカ人作家ダニエル・キイスによって1959年に中編小説として、
1966年に長編小説として出版されたSF物語です。

大学で心理学を専攻していたようですが、
英語の教師をするなど直接的に医学分野の最前線で活躍した人ではありません。

物語のあらすじ

まず簡単なあらすじを紹介させていただきます。
既にご存知の方は読み飛ばして下さい!

32歳になっても幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリイ・ゴードン。
そんな彼に、夢のような話が舞い込んだ。
大学の偉い先生が頭をよくしてくれるくれるというのだ。
この申し出にとびついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受けることに。
やがて手術により、チャーリイは天才に変貌したが・・・超知能を手に入れた青年の愛と憎しみ、喜びを通して人間の心の真実に迫り、全世界が涙した現代の聖書。

ダニエル・キイス 作 小野芙佐 訳

「アルジャーノンに花束を」背表紙より

 

病気のリアルさと物語のフィクション性の融合

物語に出てくる主人公を含めてこの本は完全なフィクションです。

前提として・・・
現在の医学では外科的な手術によって知的障害を治療することはできません
この点は理解されてから読まれないと、
医療が知的障害を治療できると考えてしまうので注意が必要です!

症状の改善という意味合いで、
ADHDや自閉症を薬物療法で治療するというのは行われています。
特にADHDに関しては薬物によって衝動性を優位に抑えられるということが確認されていて、
海外には頻繁に使われている地域もあります。

話を元に戻すと、
外科的治療は現在は行われませんが、
過去には脳の一部を切除するといった治療も行われていたようです。

ですが、著しい感情の欠如や、
極度の後遺症など治療法としては全く使い物になりませんでした。




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知的能力と幸せはイコールなの?

主人公のチャーリイは手術よって、
知的能力が通常の成人よりもはるかに高いものになります。
手術によって手に入れた能力ということで、
各メディアなどでも取り上げられ有名人になっていきます。

一方で、以前働いていたパン屋では、
変貌してしまったチャーリイを良く思わない同僚たちがいます。
結果として今まで仲良くしていた彼らと疎遠になっていきました。

この場面から、
「友達がいなくなってしまってかわいそうなチャーリイ」
という意見があります。
ですが私はそもそもチャーリイと「仲が良かったのか」疑問に思います。

パン屋で働いている従業員は、
時代背景的にも低学歴で、貧困層です。

その中でチャーリイがかわいがられていたのは、
「知的障害がある弱者」だからではないかなとか考えてみたり・・・

自分たちの経歴にコンプレックスがある従業員が、
より能力が低いチャーリイをかわいがるというのは納得がいきますし、
賢くなったチャーリイを受け入れられない様子からも見て取れます。

実際にチャーリイは幼少期に学校でいじめられている描写があります。

「知的能力が改善されて、社会的地位を手に入れても、
周りから人がいなくなってかわいそう。
やっぱり障害を持っていても周囲の人に恵まれれば幸せだ。」

って言えるかと言われると少し違和感も。
障害があることでできないことも確実にあると思うんですよね。

「全世界が涙」していいのか考えるのがこの本の価値

チャーリイは手術により知能が劇的に改善しますが、
副作用で以前よりも知的能力が低下します。
そして結果的に養護施設に入ります。

この過程で、消えゆく記憶や愛する人との別れ、
養護施設への入所の決断、アルジャーノンの死など様々なことが起こります。

物語として楽しむならいいと思います。
一方でこれが直接的に障害理解や、
学問的な価値のある話かと言われると微妙かもしれません。

チャーリイはいわばモルモットです。
実験台にさせられて、最後には手術は一時的な手段でしかない。

反対に知的障害があっても本人は幸せだし、
治療だけが幸せではないというのは切り離すべきだと思います。

治療することが選択肢の1つになれば、
それは人生の多様さが確保されることになるのかなって感じています。

まとめ

少し難癖をつけた内容になってしまいましたが
物語としては非常に感動的ですし、
チャーリイの日記に従って話が推移する点は時代を考えれば独創的だと思います。

また、チャーリイの気持ちになって読み進められるため、
怒りや悲しみ、不安や喜びなどが次々に感じられます。

学問的な観点からは、
特別支援教育を学ぶうえで必須かと言われれば私には微妙です。

確かに現代の医学に共通する点もありますし、
そういった意味では先見性のある作品だと思います。
ですが、学術的には現在の物を学べば良いわけで、
フィクション作品をどこまで利用できるかは再考の余地がありそうです。

 

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