教育情報

過労死と教育の関係性 再考したい画一的教育

高度プロフェッショナル制度(高プロ)制度が2019年4月から施行されました。

高プロ制度の導入を巡っては、
野党や労働界の猛烈な反発がありました。

安倍政権が今国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案は25日、衆院厚生労働委員会で自民、公明両党と日本維新の会の賛成多数で可決された。法案に盛り込まれた「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)の削除を求める立憲民主党などの野党議員が、高鳥修一委員長(自民)を取り囲み怒号が飛び交う中、採決が行われた。

引用元:衆院委可決 高プロ巡り怒号、採決強行 毎日新聞

このように、高度プロ制度を含む働き方改革には大きな批判も伴うことが分かります。

高度プロ制度については、
労働問題弁護士ナビさんの記事が分かりやすいので、
以下のリンクをご覧ください!
【参考記事】高度プロフェッショナル制度とは|仕組みをわかりやすく解説

この記事では、高プロ制度というよりも、
過労死するまで働いてしまう要因について、
教育」という観点から考えていきます。

過労死するまで働いてしまうのはなぜ?

労働の仕方が今までと異なる形なる人がいることは分かりましたが、
そもそもなぜ過労死するまで働いてしまうのでしょうか?

学校現場で働いている人間として、
教育の観点から考えてみたいと思います。

過労死に対する意見として、

「死ぬくらいなら辞めればいいのに」
「辞められないくらい追い込まれてしまっている」

など辞められるか、辞められないかの意見のぶつかり合いを目にします。

私の考えでは「辞められる」に決まっています。日本は奴隷制度があるわけではありませんし、強制的に労働させることはできません。労働基準法は学生のうちに習う基本中の基本ですし、働きすぎを防ぐために労働者を守る制度は法律的に確立されています。

それなのに辞めることができない。辞められない状態まで頑張ってしまう

辞められるのだという前提に立って「辞められないと思う」理由について考えていかなければ、「過労死は無くならないよね」という結論になってしまいます。

最後まで続けるのが美徳とされる学校教育

私は辞められない空気を作りだしてしまう根本は「学校教育にある」と考えています。

学校では最後まで頑張ることが美徳であり、唯一無二の正義です。部活ではみんなで最後まで走りきる。辛い練習を乗り越える。理不尽なことでも連帯責任で耐え忍ぶ。

こういったことが美しさとされ、学生らしさとされているところがあります。

本記事では連帯責任の正当性については述べませんが、みんなを巻き添えにしてしまった側はもちろん「連帯責任を負わされた」側もやりきるしか選択肢がありません

途中で辞めたり拒否したりするという選択肢が無いのです。みんなで終わるまで終わらない。これこそ、終業時間を過ぎてもみんなが働いているんだから自分だけ帰ることはできないという価値観につながっていると思います。

勉強も部活も本来は「自分のため」にすること

学校教育で行われる勉強、部活その他の活動は全て、学生自身の能力を高めるために行われるはずです。

教育を受ける権利は権利であって義務ではないのです。

当然、学習しないという選択肢を選んだことによって授業妨害をし、他の生徒の教育を受ける権利を妨害することは許されません。また、子どもは将来を見通す力が弱いため、目の前のことが嫌だから勉強しないという選択をとることがあります。ですので、しっかりと教育活動を行わせることは、教師としてはせざるを得ないのは確かです。

一方で部活を途中で退部したり早めに受験勉強に専念したりしようとすると、「最後までやり抜きなさい」と言われてしまいます。競技自体や人間関係が合わないから違う選択肢を取るということが逃げとみなされてしまうのが現状です。

そしてこの考え方が「一度選んだら最後までやり抜く」という偽の美学につながっていると思います。やり抜いたときにやっぱり合わなかったと感じても、誰も時間は返してくれません。誰も責任は取ってくれないのです。

 

「みんなで渡れば怖くない」

ここまで学校教育が辞められない空気、無理にでもやり抜く空気を作りだすという考え方を示させていただきました。

しかし根本的に歪んでいる点が「過剰労働は法律で禁止されている」にも関わらず、集団で行われているという点です。犯罪行為が社会に蔓延しているのです。

しかし、ほとんどの人には自分が犯罪に加担しているという自覚は無いでしょう。周りは働いているから自分も働かなくてはいけないと思いこんでいるだけなのです。

これこそが、同調圧力を生む学校教育の最大の弊害と考えています。周りと違うことが悪いわけではいけません。自分の自由を確保するために他者の自由を奪うことがいけないのです。

働き方改革が進み始めている日本において、労働社会に出ていく前の学校教育の時点から変えていかなければ過労死は無くならないのではないでしょうか。今の日本はまさしく分岐点に立っていると思います。

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